< 目次 >
(1)共同海損とは
(2)共同海損の国際規則
(3)共同海損への対応


(1)共同海損とは

 “共同海損”という言葉は、貿易に携わっている人でも、なかなか聞き慣れない言葉でしょう。言葉の意味からみると、共同で海上の損害等(を負担する)という意味になりますが、まずは、次の説明を見てみましょう。

共同海損
共同海損(きょうどうかいそん、英: general average)は、船舶が事故に遭遇した際に発生する共同の危険を回避する目的で故意かつ合理的に支出した費用または犠牲となった損害につき、船体・積荷・燃料および運賃などのうち無事に残った部分を利害関係者間で按分し、損害を公平に分担するという制度である。
(出典:ウィキペディア)

ということで、共同海損とは船舶の航海中に発生した損害を船会社や荷主が共同で分担し合う制度のことを言います。このように紹介してもなかなか分かりにくいと思いますので、まずは“共同海損”の本質的な考え方を理解するために、実例ではありませんが、次の例を通して考えてみましょう。

例えば、あるコンテナ船で、A社の貨物を載せたコンテナ、B社の貨物を載せたコンテナ、C社の貨物を載せたコンテナ、その他の荷主の貨物を載せた多くのコンテナが輸送されていたところ、ある時、そのコンテナ船が他の船と衝突してしまいました。このままでは船体が沈没しそうなので、船体を軽くしなければなりません。コンテナ船の船長は決断の上、いくつかのコンテナを海へ投げ捨てることにしました。残念ながら投げ捨てられたコンテナの中には、A社のコンテナも含まれていました。しかし、そのおかげでコンテナ船は沈没せず、乗組員たちは救助され、B社やC社、その他多くのコンテナは無事でした。ところが、投げ捨てられたコンテナのA社等の荷主は非常に残念です。そこで、コンテナ船の船会社は「共同海損」を宣言することで、A社をはじめ被害を受けた荷主の損害費用に対して、船会社やB社、C社等の他の荷主たちで分担して負担してあげることになりました。

このように、A社等の荷主のコンテナを犠牲にしたことで、乗組員は助かりその他多くの犠牲を出さずに済みました。その代わり、犠牲になったA社等の荷主に対して、その他助けられた人たちでその犠牲を負担してあげようというのが、”共同海損”の本質的な考え方です。あえて諺を用いて言うなら『小にこだわり大を失う』とならないように『大にこだわり小を失う』とするようなことかも知れません。

しかし、このような説明を聞くと、「でも、コンテナ船と他の船が起こした事故なので、どちらか過失のある方がA社等の被害を受けた荷主に対し、費用負担しないといけないんじゃないの? なんでB社やC社等の他の荷主たちも費用負担しないといけないの?」と思う人も多いでしょう。それは仰る通りです。コンテナ船の船会社に明らかな過失があれば、コンテナ船の船会社が責任を負うことになります。それを“単独海損”といいます。

単独海損
読み方:たんどくかいそん
単独海損(particular average)とは、座礁・火災・衝突など航海上の事故により船舶や積み荷などが被った損害や費用について、船主や荷主が単独で負担するものをいう。
単独海損の反対語として「共同海損(general average)」がある。
共同海損とは、座礁・火災・衝突など航海上の事故により船舶や積み荷などが被った損害や費用について、船主や荷主が共同で負担するものをいう。
海損とは、披保険貨物の一部が滅失・損傷することをいう。
(出典:保険市場ウェブサイト)

つまり、海上の事故の場合、単独海損となる場合もあれば、共同海損となる場合もあります。但し、共同海損が認められるにはいくつかの要件があり、それらの要件を満たさなければ共同海損は認められません。そのような取り決めについてはある国際規則で定められています。


(2)共同海損の国際規則

 共同海損の取り決めについての国際規則とは“ヨーク・アントワープ規則”というものです。次の説明を見てみましょう。

ヨーク・アントワープ規則
ヨーク・アントワープ規則(York-Antwerp Rules、以下本規則)とは、共同海損に関する取り決めを定めた国際統一規則であり、事実上共同海損を処理する上で世界的な準拠法となっている。

海上輸送契約とのかかわり
本規則は条約ではなく、海上輸送契約の当事者間で共同海損時の精算方法を取り決めるための規則であり、船荷証券や用船契約書に記載することによってその採用を宣言する。
現在では、1974年ヨーク・アントワープ規則を使用するのが国際的慣行となっており、各船社は船荷証券の裏面約款などに共同海損について「1974年ヨーク・アントワープ規則により精算する」旨の記載をしている。ただし船社によっては1994年ヨーク・アントワープ規則を採用している場合もあり、2005年以降は順次2004年ヨーク・アントワープ規則を採用する船社も現れ始めている。
(出典:ウィキペディア)

ということで、共同海損については“ヨーク・アントワープ規則”という国際規則で定められています

では、なぜ、このような共同海損という制度が定められたのでしょうか? その背景には海損事故特有の様々な事情があります。次の説明を見てみましょう。

意義と目的
共同海損は海損事故に固有の制度で、これは海損事故が他の事故にはないいくつかの特有の事情をもつことに起因する。この制度の主な意義と目的は以下の通りである。
  • 海損事故はその被害額が通常では考えられない程厖大になることが多く、通常の事故のように過失割合で損害額を分担することは、当事者の一に多額の負担を強いることになる。これでは海上輸送に従事する者のリスクが高すぎるため、海上輸送事業の健全な発展を妨げることになる。特に近代以前の海上輸送においては未発達の船舶・航海技術により船舶の遭難は即全損につながる事が多く、また海賊の襲撃などの大きな危険を抱えていた。そのような理由から、海の上では慣習上利害関係者が「助け合い」の意味で生じた損害を公平に負担してきた経過があった。
  • 海損事故は発生時の状況を知るための証拠が残りにくく、過失割合の算定が難しい。航跡はすぐに消えるし、船舶が沈没し引き揚げが不可能な場合は船体を調べることも出来ない。またそもそも遭難した場所や原因さえ不明な場合もある。過失割合が算定できなければ全ての損害を当事者間で公平に負担するほかない。
  • 海上輸送には通常多くの当事者が関わっている。船体や乗組員は通常船主が保有または雇用しており、燃料などは用船者が負担し積載している。貨物の持ち主は荷主であり、通常複数の荷主の貨物を積荷として輸送しているため、その利害関係者は数十から数千に及ぶ。船舶に差し迫った危険があり、その危険が船舶全体を脅かしている場合、緊急避難的に余分の費用を支出したり船体や積荷の一部を犠牲にするような状況が考えられる。このような行為は利害関係者全員の利益を守るために行われたのであり、この行為によって保全された利益は利害関係者に公平に還元されるべきである。
(出典:ウィキペディア)

ということで、簡潔にまとめると、次のようになります。

  • 海損事故はその被害額が厖大で、過失割合で損害額を分担することは輸送者に多額の負担を強いる。
  • 海損事故は発生時の証拠が残りにくく、過失割合の算定が難しい。
  • 危険が船舶全体を脅かしている場合、緊急避難的に費用を支出したり船体や積荷の一部を犠牲にし、利害関係者全員の利益を守る。

そのような背景から、共同海損という制度が定められました。つまり、冒頭で紹介した例のような本質的な考え方から定められました。

また、海損事故による被害で共同海損の対象となる損害は次のものです。

共同海損による精算の対象となる損害または費用には以下のようなものがある。
  • 投荷または強行荷役による積荷の損害
  • 船体の強行曳きおろしによる船体・機関の損害
  • 積荷の瀬取り・保管・再積込費用
  • 避難港へ入港するための費用
  • 船員の給食料などの船費
  • 救助業者へ支払う救助費および曳航費用(適用されるヨーク・アントワープ規則の版によって異なる)
(出典:ウィキペディア)

しかしながら、全ての海損事故に対して共同海損が認められる訳ではなく、共同海損が認められるにはいくつかの要件があります。その要件が次のものです。

成立要件
ヨーク・アントワープ規則によれば、共同海損が成立するために必要な要件は以下の通りである。
  • 共同の危険が現実に生じていること
  • 共同の安全のための行為であること
  • 故意かつ合理的な行為であること
  • 犠牲および費用は異常なものであること
(出典:ウィキペディア)

ということで、上の要件がある場合にはじめて共同海損が認められることになります。尚、共同海損が認められない場合には単独海損となります。


(3)共同海損への対応

 冒頭で紹介した例で言うと、コンテナ船の船会社が「共同海損」と宣言した後、船会社をはじめ、B社やC社等の他の荷主たち、A社等の被害を受けた荷主も含めて、次のような手順で対応していくことになります。

  1. 船会社が共同海損精算人(公正な第三者)を選任する。
  2. 共同海損精算人が荷主へ“共同海損宣言状(General Average Declaration Letter)で以下の点を通知する。
    ・事故概要、損害を共同海損で処理、共同海損精算人を選任
    ・必要書類を共同海損精算人へ提出
  3. 荷主が共同海損精算人へ以下の必要書類等を提出する。
    ・共同海損盟約書(G. A. Bond)(分担費用を支払う等の誓約書)
    ・価額申告書(Valuation From)、又は、インボイス(Inovice)
    ・船荷証券(Bill of Lading)の写し
    共同海損供託金(G. A. Deposit)、又は、保険会社の共同海損分担保証状(L/G)
  4. 共同海損精算人が共同海損検査人(G. A. Surveyer)を手配しGAサーベイ(調査)を実施し、負担費用の妥当性を判断する。
  5. 分担費用と供託金が相殺され、無事だった貨物を受荷主(輸入者)が受け取る。

ここで注目したいのが、3の提出書類等の中にある“共同海損供託金”と”保険会社の共同海損分担保証状”です。

“共同海損供託金”とは各荷主に割り当てられる負担金のことで、共同海損が宣言された場合、とにかく、各荷主はいくらかの現金を差し出さなければならないことになります。このように聞くと、冒頭の疑問が再び湧き上がってくるかも知れません。「でも、コンテナ船と他の船が起こした事故なので、どちらか過失のある方がA社等の被害を受けた荷主に対し、費用負担しないといけないんじゃないの? なんでB社やC社等の他の荷主たちも費用負担しないといけないの?」という疑問です。「迷惑を被って貨物はまだ船上にあって引き取れてもないのに、そんな中、なぜお金を出さないといけないの?(怒)」というのが荷主たちの本心ではないかと思います。しかし、共同海損の本質的な考え方についてはもう分かっていますよね。

海上事故で共同海損が宣言された場合、そういう心情的なこともありますので、海上貨物保険に加入しておくことが大切です。次の表は、2-9.海上貨物保険で紹介しましたが、一般的な海上貨物保険の3種類の契約内容で、下から2番目に“共同海損”と書いてあり、共同海損も補償されることが分かるかと思います。

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(出典:三井住友海上火災保険株式会社ホームページ)

そのため、海上貨物保険に加入していると現金を差し出す必要はなく、加入済みの海上貨物保険で対応することになり、”保険会社の共同海損分担保証状”を提出することになります。そうすると、心情的なものは少しは緩和されるのではないでしょうか。

共同海損については頭では理解できると思いますが、実際に当事者になってしまうとなかなか心情的に受け入れ難い人も多いかと思います。海上事故に限らず有事の際は、人命救助を第一に被害を最小限に留められるよう、皆で協力し合う心がけが大切ではないでしょうか。

以上


< まとめ >
  • 共同海損とは船舶の航海中に発生した損害を船会社や荷主が共同で分担し合う制度のこと。
    海上の事故の場合、単独海損となる場合もあれば、共同海損となる場合もある。
  • ・海損事故はその被害額が厖大で、過失割合で損害額を分担することは輸送者に多額の負担を強いる。
    ・海損事故は発生時の証拠が残りにくく、過失割合の算定が難しい。
    ・危険が船舶全体を脅かしている場合、緊急避難的に費用を支出したり船体や積荷の一部を犠牲にし、利害関係者全員の利益を守る。
    そのような背景から、共同海損という制度が定められた。
  • 共同海損が宣言された場合、とにかく、各荷主はいくらかの現金を差し出さなければならない。
    海上貨物保険に加入していると現金を差し出す必要はなく、加入済みの海上貨物保険で対応することになり、”保険会社の共同海損分担保証状”を提出する。